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紀伊半島・四国二人旅
2011年5月5日〜8日 紀伊半島・四国
横浜の中島


田辺市「龍神ごまさんスカイタワー」にて

 
 東日本大震災以来、殆どのイベントが自粛ムードのため中止となり、私も、今年のGWのツーリングは取りやめようと思ったが、ふと、そうだ、日本で行っていない場所がある、それは、四国の室戸岬だ。そう思うと気持ちを止めることができず決行することにした。

 ルートは室戸岬に直行するのではなく、紀伊半島を経由して、四国に上陸し室戸岬に向かうことにした。

 そのことを「ひるあんどんさん」に話しをしたら、「俺も行く」ということになり、急遽、二人旅となった。

 日程はGWの最後の三泊四日とした。


55日(木)

 東名高速「海老名SA」を6時出発である。

一路、東名高速→伊勢湾岸道路→東名阪道から亀山JCTより、高速道路になりそこねた名阪国道(25号線)に入り道の駅「針テラス」(奈良県)に到着したのは12時丁度だったので昼食とした。

道の駅「針テラス」は名阪国道(国道25号線)の針インターに隣接していて、高速道路で言えばSAみたいな所で活気にあふれていた。高速道路も無料化かJRの一日乗り放題の「青春18きっぷ」みたいのがあれば、このように乗り降りが自由にでき、地方の活性化に繋がるのではないだろうか!!

昼食後は名阪国道に戻り、天理ICで降りて、一般道で、最初の目的地、高野山を目指して走り、高野山大門に到着したのは3時半過ぎであった。

高野山ではバイクを停め、金剛峯寺(こんごうぶじ)の東側にある高野山奥之院を見学したが、ここは弘法太師(空海)信仰の中心霊域でもあるせいか、墓の数の多さにビックリ!!兎に角、回りが全て墓、墓・・! 歴史的な有名人も多数眠っているらしいが、ソニーやトヨタの大企業の社墓もあり、ロケット形の墓標もあるし、兎に角、何でもありなのだ。
 このことが、時代が変わっても1200年も続いている所以(ゆえん)なのかも知れないと思った。


通路の両サイドは墓だらけ

大きい墓所も多い

織田信長の墓もある

ロケットの形形した墓標

霊峰高野山からは日本百名道のひとつ「高野龍神スカイライン」を走り、標高1372mの「龍神ごまさんスカイタワー」の駐車場で休憩した頃には5時半を過ぎており、それからは一気に駆け下り、本日の宿、日本三美人温泉のひとつ龍神温泉「季楽里 龍神」(和歌山県・龍神村)に6時頃到着した。

「龍神ごまさんスカイタワー」タワーは閉館していて登ることは出来なかったが晴れた日には四国も見えるらしい

 ここは、夕食はバイキングであったが、料理は種類も多く美味しかったし、温泉も最高で十分満足できるものであった。

本日の走行距離:587km

56(木)

 今日はフェリーで和歌山から四国の徳島まで渡る日だ。

1040分和歌山港出航のフェリーに間に合うように、朝食も取らずに7時に出発。

深い谷間に山村が点在する424号線を西に走ると、つり橋が沢山あった。紀伊半島は山深い所が多いのでつり橋が多い。その中のひとつ椿山湖に架かる吊橋の所に「山彦(やまびこ)日本一」の看板があった。日本一とはそんな馬鹿なと湖に向かって叫ぶと、何と、ハッキリと返ってくるではないか!!二人、童心に帰って何度も叫んでいると、そこへ、別の観光客が来たので、大声を出していたのが恥ずかしくなりスゴスゴと出発した。

山彦発声場所は3ヶ所ある。 大声で叫ぶとこだまして返ってきた。

南海フェリーの「和歌山港フェリーターミナル」に到着したのは9時半であった。

フェリー「つるぎ」は定刻1040分にゆっくりと出航し、丁度、お昼時でもあったので、乗船中の2時間は昼食と昼寝ができ、疲れた体には助かった。

徳島に上陸!!

徳島に上陸後は55号線を南下し室戸岬を目指して走るが、左手にあるはずの太平洋が中々見えない。2時間くらい走ったであろうか、やっと、太平洋沿いに出て、道の駅「突喰温泉」(徳島県)で休憩。

ここは「室戸阿南海岸国定公園」の中にあり、周辺はリアス式海岸で海岸線は美しいが、この地形が災いし東北では津波の被害の大きかったことを考えると複雑であった。

 そこから、少し走り、阿佐海岸鉄道の終着駅「甲浦駅(かんのうらえき)」の標識を見て立ち寄った。
 ここから先、室戸岬の方に向かう列車は無い。


道の駅「宍喰温泉」
土佐浜街道(55号線)は左手に太平洋の荒波が豪快な道だ。
 岩がそびえ立つ「鹿岡の夫婦岩」を見学していたら、空模様が急に怪しくなり風も出てきて、今にも雨が降りそうな雲行きになってきた。

 途中、弘法大師(空海)ゆかりの場所があり、行水跡や修行跡の御厨人窟(みくろど)などを見学したが、ここら当たりから白装束姿のお遍路さんを見かけるようになってきた。

御厨人窟(みくろど)

鹿岡の夫婦岩

宿の「室戸荘」(高知県・室戸市)に到着したのは、丁度5時であり何とか雨もセーフだった。
この民宿は目の前が黒潮洗う室戸岬の海岸で隣には中岡慎太郎の銅像があり、ロケーションは申し分無かった。

バイクは我々二人だけで、ここの女将(おかみ)さんが気さくな方で、今夜は雨だと言う事で、バイクを食堂のスペースに停めさせてくれた。

バイクは食堂脇のスペースの停めてくれた。

夕食の時に分かったことだが、5〜6人の客の全てがお遍路さんで、その中の岡山から来た50歳代の方は、歩いて四国八十八箇所全てを50日かけて回るらしく、今日は40キロ歩いたそうだ。

女将さん曰く、四国八十八箇所を歩いて回る人はさすがに少ないそうだ。

夜半は相当、外は荒れているようで、風がゴーゴーと唸りを上げていた。

本日の走行距離:228km


5月7日(土)

 朝起きてみると雨はやんでいたが、風は止んでおらず、太平洋から打ち寄せる波は台風銀座の室戸岬らしい荒々しさであったが、食事を終え出発するころには止んできた。

出発してすぐ55号線を右折し室戸岬の中腹にある第24番札所「最御崎寺(ほつみさきじ)」お参りした。朝早かったせいか、雨上がりの境内は静寂さに包まれ神秘さに溢れていた。


最御崎寺(ほつみさきじ)

夫婦連れのお遍路さん

そこから、少し下った所に、有名な室戸岬灯台があるので行ってみたら、見下ろす形で灯台があり、これにはビックリ!普通、灯台は見上げるのが多いはずだが・・。聞くところによると、室戸岬は風が強く高いものは壊れるから、この形になったそうだ。


灯台の明かりは、約48kmも届くそうで、日本一だ
室戸岬灯台

それから、室戸スカイラインを走ったが、尾根を走っているのに両サイドは灌木が蔽い繁っており、景色は良く見えなかった。

55号線に戻り左手に土佐湾(太平洋)を見ながら走るのだが、天気も良くなってきて汗ばむ程になってきた。

私は古い街並みが好きで、室戸市「吉良川の町並み」の看板を見て見学。

 地元の方の話によると、昔、備長炭の集散地として繁盛し、その時の名残として、白壁と水切り瓦が美しい町並みが残ったそうだ。
 
 備長炭の事を、お遍路さんが地元に帰り宣伝してくれたのが良かったらしい。

それから、55号線を30分ほど走った所で右折し、高知県・北川村「モネの庭」マルモッタンを尋ねた。
 ここはフランスの画家クロード・モネの自宅の庭を再現していて、入場料を払って入ってみると、なるほど、以前テレビで見たことのある風景があった.
 モネと言えば睡蓮(すいれん)が有名であるが、そのモネの庭から譲り受けた睡蓮の花も綺麗に咲いていた。
お客さんも結構多く、それに、どこの場所からでも写真(絵)になってしまう、この庭からもモネの素晴らしさが分かるようであった。


藤棚

モネの代表作である「睡蓮(すいれん)」

今夜の宿は、高松のビジネスホテルと決めているのだが、寄り道しすぎで、時間が心配になって来た。坂本竜馬の桂浜はパスすることにし、55号線を西に走っていると、左手に道路がそそり立っているのが見え「あれ、なに?」と言うことで、ちょっと見学。
 それは可動橋で時間を決め、船と車を交互を通すために上下させるものだった。

丁度、お昼時間となり、すぐ近くの「夜須駅」前の道の駅「やす」で昼食とした。

高知自動車道「南国IC」で乗り「大豊IC」で降りて32号線を走り、吉野川沿いの「大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)」に到着した。

 ここは昔来たことがあるが、大分整備されたようだ。大歩危・小歩危とは、昔、道が険しくて大股で歩いても小股であるいても危ないという意味らしい。


道の駅「大歩危」より吉野川を望む。

道の駅「大歩危」(徳島県)でアイスクリームなど食べ休憩の後、祖谷(いや)のかずら橋を見学することになった。到着すると、馬鹿でかい駐車場が有り、半分くらいが車で埋まっていた。バイクは無料だと思ったがしっかり徴収されてしまった。

観光客は多く、相当、人気のスポットのようだ。その吊り橋は10分ほど歩いて下った所にあった。

怖いもの見たさなのか、その吊り橋を渡る人は引きも切らずで、渡るだけで500円だから、一日の売上はいくらになるのであろうか!

高所恐怖症の私はあんなもん一生渡りませんが・・

帰りに売店のおじさんに聞いた所、かずらの中にワイヤーが仕込んであり、絶対に切れることは無いそうだ。

帰り道は「祖谷渓」を通る予定であったが、道を間違え32号線に出てしまい、戻ることなく高松を目指す事にした。


 32号線を左折し319号線(伊予街道)に入ったのだが、この道は3桁国道なのに道幅は狭く見通しが悪い所も多く、高知自動車道「新宮」まで1時間半近くかかってしまった。

それからは、高知自動車をひたすらに走って、高松のビジネスホテルに到着したのは6時を過ぎていた。


夕食は商店街に出て居酒屋で名物の「骨付鳥」を食べたが皮はパリッとしてて中身はジューシーで、ビールに良く合い美味かった。

本日の走行距離:268km

5月8日(日)

朝食はそこそこに、7時過ぎにホテルを出発した。

なぜなら、高松から横浜まで一気帰りの予定で、横浜の我が家まで700km近くはある、ひるあんどんさんの埼玉まではそれ以上だ。

 高知自動車道「高松中央IC」より乗り、時速100キロ位で30分位走ったであろうか、突然リヤから「パーン」という音、すわっパンクだと思った瞬間、リヤが揺れだした。たまたま避難場所があり辛うじて停車。

タイヤを見てみると5cm程の裂け目があるが、パンクの原因が分からない。

この状態では、走れないので、レスキューを呼び近くのモトラッドまで陸送することになった。

待っている間にパトカーまで来てくれ心配してくれた。

レスキュー車は30分程で来てくれ、高松のモトラッド「セントラルオートそごう」に運ばれ、タイヤ交換となった。

そして、タイヤ交換の際、タイヤの中から出てきたものは、10cm以上ある矢じり状のアルミ棒、突き刺さってタイヤの中に入ったようだ。それを見て、私も驚いたがモトラッドの方も驚き、よくこれで転ばなかったと慰められてしまった。(今は記念に文鎮に使ってます)


モトラッドに到着

タイヤから出てきたアルミ棒

 修理が終ったのは11時頃で、ひりあんどんさんはもう一泊したいようだったが、私は明日からは仕事なのと、千円高速の事もあり、予定通り帰ることにした。

 それからは、高松自動車道→神戸淡路鳴門大橋(明石海峡大橋)→第一新明道路→大阪市内の高速道路→名神高速道路→新名神高速道路→東名阪自動車道→東名高速を走り、GW最終日なのに、さしたる渋滞も無く、我が家横浜に着いたのは午後8時半であった。


夕闇に沈む富士山(富士川SA)

 ひるあんどんさんは今年、古希を迎える年齢にも関わらず。私のパンクのため強行軍となってしまい、申し訳ありませんでした。

本当にお疲れさまでした。本日の走行距離:689km

全走行距離は1772km
リポーター:横浜の中島 
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