6月4日
何とか6時に出発をする。
千葉を抜け首都高迄は、それ程混んでなく通過。
美女木ジャンクション迄来ると案の定、料金所渋滞が本線レーンまで繋がっていた。
渋滞の中えお新倉PAまで走りトイレ休憩、渋滞情報を見ると、花園IC辺りまで全線が渋滞表示である。
5月の連休より凄い車の量である。
震災の影響で東北や常磐方面へは行く人が少なく、その分が関越や中央、東名方面へと流れたのであろうか。
集合場所の高坂SA手前を8時半頃ノロノロ走行していると中島氏を先頭に数台のソロが手を上げて抜いていった。
「サイドカーでないと渋滞も無くて良いな〜、でも皆なソロだなぁ〜同伴して来ないなぁ〜」暫らく走り20分前に高坂SAに着くと殆どの皆が到着していた。
集合場所の「高坂SA」 |
参加者は、日帰り・飛び入りを含めて19名である。同伴同行者は菅原会長夫妻、土方さん夫妻・秋元さん夫妻、そして四輪でジュニアもつれての須田さんと、私ら夫婦も入れて5組である。
同伴ツー幹事の大槻さんは奥さんと娘さんにヨーロッパ旅行に逃げられて妻恐(サイド)カーで一人参加である。来年は奥さん来てくれるといいね。
予定通り9時にミーテングを終え、混んでいるようなので隊列にこだわらず各自のペースで次の休憩場所「駒寄PA」を目指すようにと会長から指示あり、出発。
高坂SAからは少し混んでいたもののそれ程渋滞も無く次の駒寄PA到着。
あまりの暑さに休憩は日陰に避難(駒寄PA) |
梅雨入りしているのに、真夏のような陽気でとても暑いが、良い天気だ。群馬の誰かさんが不参加のお陰であろうか、今回の参加者に雨男は居ないようだ。
関越トンネルの11`は天国の様に涼しくて気持ち良かった。
関越トンネル内は涼しくて別世界だった。 |
天気が良くて最高だ!! |
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予定している塩沢石打PAの手前で大槻さんが無線で何かを言っている様だが、私の無線機ではほとんど聞こえない。他の皆が無線で「了解」と云っているのがはっきり聞こえるのだけれど、何を了解したのか。?「○○了解」と云ってくれたら解かるのになあ〜。
推測だが、塩沢石打PAは止めて、その先の大和PAに変更したようだ。
そこで休憩し、小出ICで高速を降りて魚沼市・道の駅「ゆのたに」で昼食休憩。
道の駅「ゆのたに」のレストラン「深雪の里」にてコシヒカリのランチを食す。 |
小出市内で給油して国道252から国道290へ。
途中の油揚げが名物の長岡市・道の駅「とちお」で休憩して3時頃に本日の宿、新潟県三条市「嵐渓荘(らんけいそう)」に着いた。
宿は平成に増築されているようだが、我々の部屋は大正時代に建てられた木造三階建て緑風館。
女性陣5人は3階の一部屋へ、男性陣12名は2階の二部屋ねと案内された。
名物の深湯を4時から貸切にしてクラブ員で温泉内ミーテング、ゆっくり入浴して宿の周りの吊橋、乙女の滝や庭の草花を散策。
早く宿に着いて名物の宿を堪能するのも良い物である。
6時からの宴会も旬の山里の幸料理をメインに石焼牛肉、洋風プレートも付いたフルコース料理で8時半迄盛り上がりました。
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いつもの宴会模様だが今回は奥様方がいるので華やかだ。 |
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二次会は奥様方の希望でカラオケルームにて盛り上がり、奥様方の日頃のストレスも解消されたようです。
6月5日
翌朝は早起きして残りの二つの温泉、新鮮な朝の空気とのんびりとした時間を堪能し朝食を美味しく食べ、9時に集合写真を宿前で撮り解散となった。
私は折角だから福島を通ろうと「三条燕IC」から高速に上がり磐越自動車道へ、磐梯SAで喜多方ラーメンの昼食を取り、郡山ジャンクションから東北自動車道を経由しての帰宅ルート。
やはり福島県内の東北自動車道は震災の被害であちこち凸凹を補修した跡ばかりで、80km/h規制でもジャンプしそうな怖い道となっていました。
災害派遣の表示を付けた自衛隊の車が沢山走っており、抜く時は「御苦労様」と心の中で唱えました。
皆で東北復興に協力して行きましょう。
雨にも渋滞にも遭う事無く、宿から510`走って、5時には自宅に帰り着きました。
参加の皆様、そしてクラブ員の皆様、また次回も宜しくお願い致します。
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