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BMW Motorcycle Owners Club |
たまには、バイクを降りて歩こう! 宿場町、港町、城下町を訪ねてみよう。高速道路二人乗りも解禁です。これからのバイク旅は、奥さんや彼女とでかけることも多くなるのではないでしょうか?峠を攻めるもいいが、ゆっくりと散策も楽しみましょう。皆さんも、古い町並みありましたら、ご紹介下さい(^^♪順次掲載いたします。 |
■都道府県名をクリックすると、移動します。 |
●商家の町並み日本一は!! 1位:倉敷市・倉敷湖畔(岡山) 2位:近江八幡市・八幡(滋賀) 3位:川越市・川越(埼玉) 4、高山市・下二之町大新町(岐阜) 5、高山市・三町(岐阜) 6、美濃市・美濃町(岐阜) 7、小浜市・小浜西口(福井) 8、日田市・豆田町(大分) 9、高岡市・山町筋(富山) 10、香取市・佐原(千葉) |
◎印は「重要伝統的建造物郡保存地区(重伝建)」に選定された町並みです。 |
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◎函館市【北海道函館市元町末広町】港町 | ||
函館は幕末に、横浜、長崎とともに外国に港を開いて以来、米、英、露などの領事館や教会が建てられ、居留外国人の洋館が増えた。それを模した1階が和風、2階が洋風の擬洋態と呼ばれる建物も出現、今も港や元町に残り異国情緒を醸しだす。明治40年の大火災後建てられた赤レンガ倉庫郡が当時の郷愁を誘う。 詳しい情報は→こちら |
小樽【北海道小樽市】港町 | ||
明治の北海道開拓時代、札幌への重要な物資陸揚げ港となった小樽港。大正時代に港は運搬に便利な埋め立て式の運河へと整備された。当時の建物は石造りのクラシカルな造りで、運河沿いの石畳、ガス灯と共に異国情緒を漂わせている。 詳しい情報は→こちら |
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◎弘前(ひろさき)【青森県弘前市仲町】武家町 | ||
津軽10万石の城下町として栄えた弘前。慶長16年(1611年)2代藩主津軽信牧(のぶひら)が築いた弘前城の跡地は弘前公園となり、園内には天守閣や城門がが築城当時の姿のまま残る。公園の北にはサワラの生け垣や黒板塀が連なる武家屋敷群がある。 詳しい情報は→こちら |
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遠野(とおの)【岩手県遠野市】村里 | ||
遠野三山に囲まれた南部藩の城下町として栄えた。駅周辺には昔話を再現する「とおの昔話村」、遠野市から盛岡市に向かう国道396号線の右手にある、母屋と馬屋が棟続きの独特の南部曲がり家の千葉家。遠野ふるさと村では6軒の曲り家集落を再現している。 詳しい情報は→こちら |
黒石【青森県黒石市中町】商家町 |
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◎角館(かくのだて)【秋田県角館市角館町】武家町 | ||
桧木内川沿いにある角は、江戸時代に佐竹氏の城下町として発展し、今もb家屋敷や古い商家などが残る。散策の中心は角館歴史資料村青柳家、石黒家などがある武家屋敷通り。 黒板塀をめぐらした茅葺きの武家屋敷が並び、しっとりした情緒だ。 詳しい情報は→こちら |
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会津若松【福島県会津若松市】武家町 | ||
会津藩松平氏23万石の城下町。居城の鶴ヶ城は、約400年前に戦国大名の蒲生氏郷(がもううじさと)が築いたもので、城下町もその当時に整備された。酒や漆器などの伝統産業にも力を入れ、七日町通りや大町通りには、土蔵造り商家が残る。 詳しい情報は→こちら |
◎大内宿【福島県下郷町(しもごうまち)大内宿】宿場町 | ||
参勤交代の主街道として繁栄した日光・今市と会津若松を結ぶ下野(しもつけ)街道の宿場町で、馬による物資運搬や、旅籠で生計をたてる家が多かった。明治17年に街道と並行して国道121号線が開通し、人や物の往来がなくなったため開発の波にさらされることもなく、江戸時代の様子を今も色濃く残している。昭和56年に国の重要伝統的建造物郡に選定。 詳しい情報は→こちら |
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足利【栃木県足利市】小京都 | ||
渡良瀬川を挟んで南北に町が開ける足利氏発祥の地。見所は足利駅北側に点在し、日本最古の足利学校を始め足利市ゆかりの鑁阿寺(ばんなでら)、織物の町としての繁栄を願った織姫神社などが点在。 詳しい情報は→こちら |
栃木【栃木県栃木市】小江戸 | ||
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小幡(おばた)地区【群馬県甘楽町(かんらまち)】武家町 | ||
鎌倉時代より上州小幡氏が勢力を握っていたが、小幡氏が従った武田軍が天正3年(1575)の長篠の戦いで大敗した後、織田信長の次男・信雄の統治に。8代信邦まで150年間織田家2万石の城下町として栄えたが、明治3年(1766)の幕府への謀反容疑により織田家は山形に移封され、以後松平氏が、明治2年(1869)の版籍奉還まで4代治めた。 詳しい情報は→こちら |
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小川【埼玉県小川町】小京都 | ||
外秩父の山々に囲まれた盆地の町。槻川(つきかわ)や兜川が流れ、大聖寺などの古寺が点在する。手すき和紙作りの盛んなところとして知られ、町中には和紙工場が多く見受けられる。埼玉伝統工芸会館では、手すき和紙の実演見学や体験もできる。 詳しい情報は→こちら |
◎川越【埼玉県川越市川越】商家町 | ||
室町時代に上杉氏が川越城を築城して以来、城下町として栄えた川越。江戸時代になると、幕府は江戸城の北の守りとして川越城を重視し、大老や老中など有力大名を次々に配置した。新河岸(しんがし)川の舟運(しゅううん)で大消費地である江戸と結ばれた川越は、商都としても発展。物資の往来とともに伝わった江戸の文化が息づき、その繁栄ぶりからも、小江戸とも呼ばれた 詳しい情報は→こちら |
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◎佐原【千葉県佐原市佐原】商家町 | ||
千葉県の北東部、利根川を挟んで茨城県と接する佐原市は、江戸時代に水運が栄えた商業の町。市内を流れる小野川沿いには、米問屋や醸造業などの商家が立ち並び、その繁栄ぶりから「北総の小江戸」とも呼ばれていた。当時の面影を偲ぶ古い町並みは、小野川沿いと、これと交差する忠敬橋橋を中心とした香取街沿いに残り、今も店を営む老舗(しにせ)が立ち並ぶ。また、小野川には、川面付近まで石段がついた「だし」と呼ばれる船着場も残っている。詳しい情報は→こちら |
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◎宿根木(しゅくねぎ)【新潟県佐渡市小木町宿根木】港町 | ||
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城端(じょうはな)【富山県城端町】小京都 | ||
◎五箇山(ごかやま)【富山県平村相倉、上平村菱沼】山村集落 | ||
高い山とブナ林に囲まれ、豪雪にも耐える合掌造りの家屋が、現在、相倉(あいのくら)と菅沼(すがぬま)集落を中心に全体で約40軒残り、世界遺産に登録。今も人々が生活している。中でも築400年の村上家は代表的。こきりこ唄の館、民族館なども必見。詳しい情報は→こちら |
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金沢【石川県金沢市】武家町 | ||
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三国【福井県三国町】港町 | ||
三国は、かつて三国湊と呼ばれ、宝亀9年(778)の「続日本紀(しょくにほんぎ)にその名が始めて登場する。中世には奈良興福寺の荘園として物資の積み出し港の役割を果たし、以後、江戸時代まで地の利と財力により北前船の中心地として大いに繁栄した。わが国初の防波堤や洋風建築の小学校建設などは三国商人の財力を示すものである。町中にはかっての廻船問屋が点在してる。 詳しい情報は→こちら |
小浜(おばま)【福井県小浜氏】港町 | ||
◎熊川宿【福井県上中待ち】宿場町 | ||
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◎赤沢宿【山梨県早川町】山村・講中宿 |
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◎奈良井宿【長野県楢川村】宿場町 | ||
慶長7年(1602)に徳川家康が中山道六十七宿の宿場町を定めたときに、木曽路で一番の高所に置かれた宿場。木曽路最大の難所である鳥居峠を控えていることもあり、最盛期には「奈良井千軒」と言われるほど賑わった。明治期に入り鉄道が開通すると、宿場の賑わいは途絶えたものの、時代の流れに取り残されたように、いまなお千本格子の家並みが残っている。 詳しい情報は→こちら |
須坂【長野県須坂氏】商家町 | ||
松代(まつしろ)【長野県長野市】武家町 | ||
松本【長野県松本市】武家町 | ||
◎妻籠宿(つまごじゅく)【長野県南木曽町】宿場町 | ||
中山道の宿場町。町並み保存の原点となった妻籠宿は800メートルの道沿いに出し梁(だしばり)造りに竪繁(たてしげ)格子の家並みが続く。島崎藤村の母の生家である妻籠宿本陣や、脇本陣奥谷(おくや)、妻籠宿で最古の建物の一つ上嵯峨屋などが往時を物語る。 詳しい情報は→こちら |
小諸(こもろ)【長野県小諸市】武家町 | ||
城下町としての歴史は、今の懐古園東側に木曽義仲の武将・小室太郎光兼が館を築いたのが始まり。その後、滝川一益、松平源十郎などが小諸城を治めたが廃藩置県で役割を終え、明治13年に懐古園として一般開放された。江戸時代には北国街道の宿場町としても発展し江戸中期には東信濃隋一の商業都市に。特に醸造業が盛んで、今も旧街道沿いで営業を続ける店が残る。 詳しい情報は→こちら |
◎海野宿(うんのじゅく)【長野県東御市(とうみ)東部町】宿場・養蚕町 | ||
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◎白川郷【岐阜県白川村萩町】山村集落 | ||
白川郷は近年まで下界との往来が遮断された陸の孤島だった。独自の文化が風土に合わせて形作られ、積雪に耐えるため、また養蚕の作業場として合掌造りの屋根になった。1995年には、萩町集落の合掌造り113軒と田畑や水路などの生活の場も含んだ約45.6ヘクタールが世界遺産に登録されている。 詳しい情報は→こちら |
◎高山【岐阜県高山市三町】商家町 | ||
天正13年(1585)に秀吉の命で、金森長近が平定。高山城の築城とともに、京都を手本とした町づくりを行った。金森氏による統治は6代107年間にわたり、その後は江戸幕府の直轄地、天領となる。金森家は代々風流を愛し、町人の間にもさまざまな文化が花開いた。今もその頃の町割りのまま残っているのが、三町(さんまち)と呼ばれる町筋だ 詳しい情報は→こちら |
古川【岐阜県飛騨市】小京都 | ||
◎岩村【岐阜県岩村町岩村本通り】商家町 | ||
◎美濃【岐阜県美濃市美濃町】商家町 | ||
郡上八幡(ぐじょうはちまん)【岐阜県郡上市】武家町 | ||
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◎関宿【三重県関町】宿場町 |
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長浜【滋賀県長浜市】武家町 | ||
◎近江八幡【滋賀県近江八幡市八幡】商家町 | ||
◎五個荘町(ごかしょうまち)【滋賀県神崎郡五個荘町金堂】農村集落 | ||
◎坂本【滋賀県大津市坂本】門前町 | ||
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京都・西陣【京都府京都市】商家町 | ||
京都市西部が「西陣」と呼ばれるようになったのは、室町時代末期の応仁の乱の際に西軍の陣地が置かれた頃から。戦乱の後は各地に離散していた織物職人たちが京都に戻り、大宮今出川付近で織物作りを再開。江戸時代には糸問屋や織家が立ち並ぶ織家街が形成された。町家も多く残り、現在も町を歩くと家の中から機(はた)の音が聞こえてくる。 詳しい情報は→こちら |
伊根町【京都府与謝郡伊根町亀島】港町 | ||
◎祇園【京都府祇園新橋】茶屋町 | ||
◎嵯峨【京都府京都市嵯峨鳥居本】門前町 | ||
◎美山町北集落【京都府美山町】山村集落 | ||
◎上加茂【京都府京都市上加茂】社家町 | ||
◎産寧坂【京都府京都市産寧坂】門前町 | ||
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◎富田林(とんだばやし)【大阪府富田林市富田林】寺内町・在郷町 |
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出石(いずし)【兵庫県出石市】小京都 | ||
◎北野町【兵庫県神戸市北野町山本通り】港町 | ||
室津【兵庫県損保郡御津町室津】港町 | ||
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◎今井町【奈良県橿原町(かしはら)】商家町 | ||
中世、興福寺の荘園として発達したのが始まりの環濠集落、今井町。江戸期に入ると本願寺派一門から赴任した今井兵部(ひょうぶ)によって城塞都市となり、外部の敵から守られた町割りの中で木綿業を中心に栄えた。江戸期の最盛時には、木綿で蓄えた財力から大名に金銀を貸す両替商を兼ねる者まで現れ「大和の金は今井に七分」と謡われるほどの賑わいをみせていた。 詳しい情報は→こちら |
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湯浅町【和歌山県有田郡湯浅町】商家町 |
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◎倉吉【鳥取県倉吉市西仲町、魚町】商家町 | ||
◎板井原集落【鳥取県智頭町】村里 | ||
平家落人の隠里として伝わる山村集落で、古くは明応8年(1499)の土地売買の証文が残っている。明治から昭和にかけては、炭焼き、養蚕、三椏(みつまた)栽培などの生業で栄えた。智頭(ちづ)町の中心部が身近になったのは、昭和42年の坂井原トンネル開通以降。それでも昔ながらの建物や道が残されている。 詳しい情報は→こちら |
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津和野【島根県松江市】小京都 | ||
◎大森銀山【鳥取県太田市大森銀山】鉱山町 | ||
松江【島根県津和野町】武家町 | ||
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津山【岡山県津山市】小京都 | ||
◎倉敷美観地区【岡山県倉敷市中央1、本町、東町】商家町 | ||
◎吹屋【岡山県成羽町吹屋】鉱山町 | ||
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◎竹原【広島県竹原市】製塩町 | ||
◎御手洗【広島県豊町御手洗】港町 | ||
鞆の浦(とものうら)【広島県福山市鞆町】港町 | ||
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長府・唐戸(からと)【山口県下関】武家町・港町 | ||
土塀の町並みが今も残る長府(ちょうふ)。かつては、萩を本拠とする長府藩の支藩として毛利秀元の串崎城がそびえていたが、元和元年(1615)の一国一城令により取り壊しに。江戸時代の大半を城のない城下町として過ごした。高杉晋作、乃木希典(のぎまれすけ)らゆかりの町でもあり、その足跡は数多い。現在は、洋館が点在する港町唐戸と一緒に、下関の歴史を伝えている。 詳しい情報は→こちら |
◎萩【山口県萩市堀内地区】武家町 | ||
◎古市金屋【山口県柳井市古市金屋】商家町 | ||
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◎脇町【徳島県美馬郡脇町南町】商家町 | ||
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◎丸亀【香川県丸亀市塩飽本島町笠島】港町 | ||
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◎内子(うちこ)【愛媛県内子町】商家町 | |||
ロウソクやビンツケなどの原料である木蝋(もくろう)で栄えた商家町。虫籠窓(むしこまど)鎧絵など、当時の栄華を物語る装飾を施した建物が旧大洲街道沿いに軒を連ね、その面影を今にとどめている。最盛期だった明治の終わり頃には、家一軒が1000円ほどで建つ時代に、年間で13万8000円もの利益を上げていたという。 詳しい情報は→こちら |
大洲【愛媛県大洲市】小京都 | |||
卯之町【愛媛県西予市(せいよ)】宿場町 | ||
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◎吉良川【高知県室戸市吉良川町】在郷町 | ||
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秋月(あきづき)【福岡県甘木市】武家町 | ||
門司港レトロ【福岡県北九州市門司港町】港町 | ||
◎吉井宿【福岡県吉井町筑後吉井】宿場町 | ||
◎八女【福岡県八女市八女福島】商家町 | ||
◎秋月【福岡県甘木市秋月】城下町 | ||
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大川内山(おおかわちやま)【佐賀県伊万里市】秘窯の里 | ||
大川内山は狭い谷間に、窯元や藩窯公園があり、一巡して楽しめます。景色は山水画のような奇岩と窯場の煙が、四季を通じて秘窯の里ならではの演出をしてくれますが、雨上がりの霧の中に見ると感激です。また、焼物に描かれている色々な花や草木が、藩窯公園の中に植えられていたり、青螺山には昔のままの自然の中で、小鳥が囀っています。 詳しい情報は→こちら |
◎有田【佐賀県有田町有田内山】製磁町 | ||
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◎山手【長崎県長崎市東山手、南山手】港町 | ||
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◎飫肥(おび)【宮崎県日南市】小京都 | ||
◎美々津【宮崎県日向市美々津】港町 | ||
◎椎葉村【宮崎県椎葉村十根川】山村集落 | ||
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杵築(きつき)【大分県杵築市】武家町 | ||
豊後高田(ぐんごたかだ)【大分県豊後高田市大字高田】商家町 | ||
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◎知覧(ちらん)【鹿児島県知覧町】武家町 | ||
◎出水【鹿児島県出水市出水麗】武家町 | ||
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